「みちのく潮風トレイル」。
青森県から福島県までの沿岸をつなぐ、全長約1,000kmを超えるトレイルコース。それは、人の営みと自然の波際を歩く、長い道のり。
そんな道のりを、見ず知らずの二人がそれぞれに、北と南から旅立つ。
「あれから十年。私はどんな大人になっただろう」
恩師との想い出の灯台を目指して、八戸を出発する二十四歳の女性、楠川 翠。
「僕の人生は結局、歩きながら出逢ったものばかりだった」
かつて妻と過ごした街を訪れるため、石巻を出発する四〇歳の男性、神原 健次。
やがて二人の間で、SNSを通じた言葉の無い交流が始まる。
それぞれの旅で自然と出逢い、人と出逢い、そして過去の自分と出逢い、二人は少しずつ近づいていく。本州最東端の岬、魹ヶ崎を目指して。
——あの日からの十年を越えて、それぞれの速さで歩き続けた二人の旅。
楠川 翠
青森の博物館に勤める学芸員。岩手県宮古市の魹ヶ崎を目指して、みちのく潮風トレイルを南下中。
Instagram:@gusconeri8
神原 健次
東京から故郷の石巻に戻り、地元の小さな出版社に入社。「あの岬」へ向かって、みちのく潮風トレイルを北上中。
Instagram:@k.cambanella
第1回 パラシュート
九月のある日、楠川 翠は一冊のパンフレットを手にする。それは東北の沿岸を縦走するトレイルについての案内だった。トレイルは専門外だったが、その地図を眺めていて思うところがあった。
rakra
vol.108 2021年11・12月号 に掲載。
第2回 ウォーター・ボトル
タウン誌の取材で石巻の離島・田代島に行くことになった神原 健次。田代島を歩くと、人懐っこい猫が、あちこちから現れた。田代島から船に乗り、網地島へ。山の中をしばらく歩いてから、舗装された大きな一本道に出ると、風の音が変わった。
rakra
vol.109 2022年1・2月号 に掲載。
第3回 レイルロード・クロッシング
二月、楠川 翠は真冬のトレイルに出かける。歩いていくと、まるで道に寄り添うように線路が姿を現し始める。澄み渡った冷気のせいで、いつもより高く感じられる快晴の空の下、郷愁の源へ向けて歩き続ける。
rakra
vol.110 2022年3・4月号 に掲載。
第4回 ローリング・ストーン
七つ年下の従兄弟と久しぶりに連絡をとった神原健次は、いっしょに南三陸町を歩くことに。神割崎をスタート地点に、商店街に立ち寄り、田束山を登る。太陽が辺りを神々しい光で染め始めた頃、二人の前にそれは現れた。
rakra vol.111 2022年5・6月号
に掲載。
第5回 ソフトクリーム
一泊二日の行程で、三度目のトレイルへ。高家川を渡渉している途中、楠川翠は立ち止まって周囲を見渡す。海へと流れていく水、六月の新緑、そして太陽と青い空。足に感じる水の冷たさまで、これ以上ない贅沢なものに思えた。
rakra vol.112 2022年7・8月号
に掲載。
第6回 パッチワーク
太陽の照りつける夏の日、何度目かのトレイルに旅立った神原健次。前回は見られなかった「潮吹き岩」の水柱を見て、足取りも軽く歩き出す。清々しい解放感、懐かしい再会、そして巨大な漁港。しかし、風待ち地区と呼ばれるエリアまで進むと、雰囲気が一変する。
rakra vol.113 2022年9・10月号
に掲載。
第7回 ブローウィン・イン・ザ・ウィンド
二日間のトレイルを計画した楠川翠は、くろさき荘に前泊して、朝の八時頃から歩き出す。自然歩道に入ってすぐは緩やかな野道であったが、途中からアップダウンが激しくなる。曲がりくねった長い階段を下り、急角度のコンクリート階段を這うように登る。登り切ったころには汗だくだった。
rakra vol.114 2022年11・12月号
に掲載。
第8回 ドクター・ブルカニロ
兄、真一とトレイルに出かけた神原健次。何の話をすべきだろうと考える健次に、兄は一方的に語りかけてきた。不敵な笑みを浮かべながら兄が口にした常套句に、かつてこんな風に話していたことを懐かしく思い出す。健次は、高校を卒業するまでの兄の事しか知らないことに気づき、思いを馳せる。
rakra vol.115 2023年1・2月号 に掲載。
第9回 ロスト・ワールド
二月、楠川翠は始発で久慈に向かい、三陸鉄道に乗り換えて車窓から外の景色を眺めていた。スタート地点の岩泉小本駅で、恐竜の化石のレプリカを見て、ふと幼いころに呼んだ恐竜小説を想い出す。病室で退屈している翠に、母親が持ってきてくれた本だ。
rakra vol.116 2023年3・4月号
に掲載。
第10回 ドント・ルック・バック・イン・アンガー
魹ヶ崎を目指す理由、大切な人との思い出の場所、前回のトレイルでの兄との会話。これまで朧気だった風景が、ゆっくりと見え始めたような感覚と強い混乱。SNSを通じた交流から、二人は少しずつ近づいていく。神原健次はスマホをポケットにしまい、トレイルに出発する。
rakra vol.117 2023年5・6月号
に掲載。
第11回 パラシュート #2
最後のルートを、三日間で歩くことにした楠川翠。三日目の午後、魹ヶ崎に到着する予定で、ウシカニさんと歩き始める。空は澄み渡るような快晴で、潮風が心地よい。木漏れ日と潮風、そして波の音。まるでこれまでの旅の良い所を濃縮したような道だった。
rakra vol.118 2023年7・8月号
に掲載。
第12回 ドクター・ブルカニロ #2
神原健次は、楠川と連絡が取れないまま、二泊三日のトレイルを計画する。その前夜、釜石市で働く大学時代の友人と、居酒屋で酒を酌み交わす。友人は、神原の空になったぐい吞みに酒を注ぎ、いつものように人当りの良い笑みを浮かべた。
rakra vol.119 2023年9・10月号
に掲載。
第13回 スピード・オブ・サウンド
姉吉キャンプ場から山道に入り、あの岬に向かって歩き出した神原健次。かつて息を切らせて歩いた道を、今は難なく登ることができる。木々の隙間から差し込む日差しを浴びながら、これまでの旅で出逢った人たちに想いを馳せる。
rakra vol.120 2023年11・12月号
に掲載。
北東北の楽しい暮らしを提案するエリアマガジン rakra にて、全13回連載。
小説家 南海 遊(みなみ・あそゔ)
第24回星海社FICTIONS新人賞を受賞した『傭兵と小説家』で2019年デビュー。近著に『傭兵と小説家2』『箒の騎士』。
Photographer 大谷 広樹(おおたに・ひろき)
大学を卒業してから写真を学び、後に写真家・雨堤康之氏に師事。現在はフリーランスで広告分野を中心に活動している。